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【アラベスク】  第19章 朝靄の欠片



第2節 再びボロアパート [5]




 夢だ。悪夢だ。早く醒めろっ!
 心内で必死に叫ぶ。
 だが、どれほど喚いたところで、瑠駆真の姿が消える事はないし、回れ右をして素直に出ていってくれるなんて事もしないだろう。美鶴の反発なんて瑠駆真には想定の内だろうし、それを覚悟の上でこの部屋に乗り込んできたのだろうから。
 その日、結局美鶴は瑠駆真と一緒に登校した。そしてその日のうちに、瑠駆真は聡を裏庭に呼び出し、同居の件を聡に告げた。
 案の定というか予想通りというか、聡はその日の放課後、終業と共に教室を飛び出した。美鶴の教室へ行ったがいなかった。瑠駆真もいない。急いで駅舎へ向かった。だが二人とも来た形跡すらなかった。だから聡はその足で美鶴のマンションへと向かった。入口で呼び出したら、出てきたのは瑠駆真だった。自分の部屋であるかのような振る舞いで聡を招き入れた。蹴り飛ばすほどの勢いで靴を脱ぎ、部屋へと飛び込んだ。だが、美鶴は居なかった。
「終業後に教室へ行ったが、すでに美鶴は居なかった。だから僕も君と同じさ。駅舎へ行ったんだ。でも美鶴は居ない。おかしいと思った。学校に居なくて、でも駅舎には来ていないなんて。まさかもう帰ってしまったのかもと思った。だからこうして僕もこの部屋に来た」
 だが美鶴は居ない。
「美鶴はどこだ?」
「考えたくはないけれど、繁華街か、もしくは富丘」
 瑠駆真が言い終わらないうちに、聡は部屋を飛び出した。瑠駆真もそれに続き、二人は富丘へと向かった。木崎(きざき)が応対した。美鶴はいなかった。その足で繁華街へと向かった。終電ギリギリまでウロついてみた。二人とも制服姿だ。唐渓の制服に好奇な視線を向ける者もいた。補導員に見つかるかもしれないというリスクもあった。そんな危険を冒すことになってでも、美鶴を見つけたかった。だが、結局は何の収穫も得られないまま、二人で美鶴のマンションへと戻り、そのまま二人だけで朝を迎えた。
「男と一夜を共にするだなんて、悪夢のようだ」
 そんな笑えない冗談でも言っていなければ、間が持たなかった。
 詩織は明け方に帰ってきた。美鶴が姿を消したことを話すと、多少は表情を歪めたが、それほど驚いた様子でもなかった。
「学校まで休むようなら、考えなきゃね」
 なんて、まるで軽い口調で呟き、二人には早く学校へ行くようにと促した。
 登校してから始業までの時間、二人はずっと美鶴の教室の前で待機した。美鶴は、始業ギリギリに登校してきた。
「昨日、どこに居た?」
 聡の問いかけにも無言で、そのまま強引に教室へ入ろうとする。
「通すと思う?」
 遮る瑠駆真を無言で見上げる。
「君がこんな行動に出るとは思わなかった。君を甘くみていた」
 言って、やんわりと美鶴の左腕を握る。
「どこに居た?」
「離して」
「まさか野宿?」
「離してよ」
「教えてくれるまで離さない」
「お前が部屋から出て行くまで、私はマンションには帰らない。私を甘くみないで。私にだって転がり込める場所くらいはある」
「どこ? 誰のところ?」
「教えない」
「教えてくれるまで離さない」
「じゃあずっとこのままだ」
 声を潜めてはいるが、周囲の注目を浴びているのは確かだ。
「部屋を出て行くって何?」
「野宿?」
「なんだ? 大迫の家、また燃えたか?」
 火事で下町のボロアパートが燃えたのはちょうど一年ほど前。若葉が目に眩しい季節だった。一年で、また住処を変える事になるとは思わなかった。
 瑠駆真を見上げながらぼんやりと思う。
 しかも、あんな場所に。
「根競べなら負けないよ」
 言いながら掴んだ手に力を込めようとした時だった。
「お前ら、いつまで突っ立ってる? ホームルームを始めるぞ」
 見ると阿部の間抜けた顔。しばし思案し、瑠駆真は悔しそうに手を離す。
「休み時間にまた来る」
「逃げんなよ」
 そんな捨て台詞とでも取れるような言葉を残して、二人は各々の教室へと戻った。
 そうして休み時間ごとに美鶴を襲撃しては二人して取り囲んだが、彼女も覚悟はしていたのか、一向に口を割ろうとはしない。そのままズルズルと放課を迎え、二人が出向く前に美鶴はスルリと姿を消してしまったのだ。



「どこに居ると思う?」
 図書準備室での阿部とのやりとりで苛立ちの燻っている聡に、瑠駆真は無表情で問いかける。
「朝の口ぶり、まるで誰かに(かくま)ってもらってでもいるかのような感じだった」
「誰かって?」
「それがわかっていたら君に聞いたりなんてしないよ」
 呆れたように、だか唇を噛み締めて窓の外を睨む。
 学校には来ているのだ。雲隠れしてしまったワケではない。それだけが救いだ。だが、安心などはできない。
 瑠駆真が部屋に居座り続ける限り、美鶴はマンションへは帰ってはこない。ならばどこへ?
「美鶴、どこに居る?」
 僕から逃げるのか?
 逃がさないよ。
 廊下の窓から外を睨む。ヒラヒラと散り舞う若葉を射抜くかのように、その視線をピタリと当てる。
 そうやって僕を翻弄するつもり? 僕は諦めないよ。
「絶対に見つける」
 そうして、必ずラテフィルへと連れていく。





 カンカンと安っぽい音のする階段を、美鶴はゆっくりと上っていく。
 こんな階段に足を乗せるのは久しぶりだ。いや、冬に一度上ってはいるな。一年ほど前までは同じようなアパートに住んでいたのに、もうずいぶんと昔の事だったような気がする。
 変な感慨を抱きながら階段を上りきり、二階の一番奥の部屋へと向かった。ノックをすると間延びした声が返ってきた。
「開いてるよぉー」
 拍子抜けする。
 小さく息を吐きながら扉を開けた。建て付けが悪いのか、ギシッと嫌な音がした。
「不用心だと思うんですけど」
 美鶴の言葉にもユンミはヘラヘラと笑うだけ。
「夜這いなら大歓迎」
「まだ昼間です」
「あら、残念」
「泥棒にでも入られたらどうするんですか?」
「取られて困るようなモノなんて置いてませぇん。アンタはどうか知らないけど」
「生憎と、泥棒が欲しがるような物なんて持ってきてません」
「下着とかは?」
「え? 下着? ひょっとして外に干したとか?」
 ギョッと声をあげる美鶴の反応を面白がるように、ユンミは人差し指をユラユラと伸ばした。差された先で、美鶴の下着がブラブラと揺れている。
「おわっ」
 慌てて部屋に飛び込む。
「どういう干し方してるんですかっ」
「干してもらったんだからありがたいと思いな」
 そう言われては反論のしようがない。なんと言っても、美鶴は居候の身。それも強引に押し入ったようなものなのだから。
「なんだったら外に披露してあげればよかった? それこそ下着ドロボーの餌食だけどね」
「ユンミさん、本当にやりそう」
「あら、わかる?」
 フフッと色っぽく笑われては、怒る気も起きない。







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